糸井 |
音楽的にあの人が持っている実力は、
ミュージシャン仲間にも、「すごいんだな」って、
ある種、尊敬みたいなものがあるんですか? |
鈴木 |
そうだね。
「そこでできる」っていうこと。
ピアノがあればそこで音楽ができるっていうこと。
それが本来、重要なことなんだけれど、
なかなか難しいですしね。技術的なことを考えると。
要するに、レコーディングっていうのは
やり直しがきくことで、何度も何度も直していくわけだ。
あっこちゃんも何度も何度も直していくんだろうけれど、
「1回目のでも、いいんじゃないの?」
というようなものなんだよね。
それはジャズのミュージシャンも、そうかもしれない。
どうしてもジャズと、われわれのやっている
音楽を比べると、昔からそう思ってるんだけど、
「ジャズのほうがうまいんじゃないか」
っていう気持ちがどっかにある。名人ね。
じゃあ、そうじゃないほうに行こう、って思うんだよ。 |
糸井 |
上手い下手で俺は勝負するわけにはいかないぞ、
ってことだね。 |
鈴木 |
上手な表現力があって、しかも素晴らしいものを
耳にした時はね、悔しいとかそういうんじゃなくてね、
「ああ、これはどうも失礼しました」っていう感じですよ。
あっこちゃんの奥のほう、日常にどんなものが
潜んでいるのかは知らないけれども、
とにかくあっこちゃんと会う時は、
いつも、そういう場所でしかないわけだ。
音楽をやる場所なんだ。
音楽をやる環境においてでしか、つきあいがない。
だからその場においては、すごい恐ろしいくらいに、
ひれ伏す感じですね。 |
糸井 |
「慶一」って呼んでるもんね。 |
鈴木 |
そうだね(笑)。 |
糸井 |
あれさ、歳じゃなく立場、っていうのがあるじゃない。 |
鈴木 |
呼び方って不思議なもんでね、
若い時に知りあった人は「慶一」って呼ぶんだよ。
30くらいに知りあった人は「慶一くん」なんだよ。
40くらいに知りあった人は「慶一さん」になるんだ。 |
糸井 |
その通り!
でも、俺は、あっこちゃんに「慶一」って呼ばれている
関係の慶一くんは、俺はすごく好きだね。 |
鈴木 |
俺もさ、美雨ちゃんに「ありがとうございます」なんて
言ったりしてもさ……。 |
糸井 |
全然いいんだよね。
音楽っていう場で平らになっている感じがあるんだよね。 |
鈴木 |
これであっこちゃんに「慶一さん」なんて
呼ばれた日にゃさ、
「もうこの平面上にいさせてくれないの?」
っていう気になっちゃう。 |
糸井 |
俺は、逆に、あっこちゃんと会うのって
音楽ではない場面ばかりなんだよ。
だから、音楽の場面では恐ろしい人なんだろうなあとは
思うんだけど、どう言ったらいいのかな、
仕事仲間で……、 |
鈴木 |
ステージで「イトイ」って言うじゃん(笑)。 |
糸井 |
そう! だから、離れてはいても「チーム」の人なんだ。
空間を共有しないで、一緒に仕事をしているんだよ。
ついこの間までは、仕事はファクスだったんです。
仕事は、この、あっこちゃんと歌を作る時の話って
ほとんど一般的にはしていないんだけれど、
すごいぞ、このやり方は!
「そろそろなんですけど」って、まずファクスが来るの。 |
鈴木 |
ええっ!? |
糸井 |
レコーディングが近くなると、スタジオを取り始めた時期に
「そろそろなんですけど」っていうファクスが来るんだ。
「1曲でも2曲でも、あれば、わたしのほうは、
いつでも待っておりますから」って書いてあるんだ。で、
「ああ、そろそろなんだなあ……」って、
季節のお便りみたいに思うわけ。
たまに、アルバムによっては休んでいる時もあるし、
アルバムタイトルから始めよう、って時もあるし、
タイトルはこんな感じです、って時もあるんだけど。
そのファクスを見ると、俺のほうも、
「そうですか、そろそろですか。
やりたいといえばやりたい時期ですよね。
ただ、できるかなあ?」
なんてファクスを入れるわけ。
そのあと、ちょっと電話でしゃべる。
日本にいる時も、NYに行ってからも同じなんだけど、
「どんなのがいい?」って言うの。 |
鈴木 |
向こうが? |
糸井 |
俺が。すると、イメージが全然ない時もあるし、
「こういうのが欲しいなあ。たとえば、お母さんっていう
人たちって、誰も褒められたことがないじゃない?
そういうのって、つまんないのよねえ。
そういう人が聞く歌が欲しいんだぁ」
って言ったりすることもある。そしたら、
「いいよ。そりゃ、そうだなあ」
なんつって、できたよ、って送ったりするんだ。
俺が書き始めるまでの時間はその都度違うんだけれども、
書き始めると、あっという間にできちゃう。
それは、あっこちゃんだと思うと、書けるんだ。 |
鈴木 |
ふむふむ。相手によって、すぐ書けるってのはあるね。 |
|
糸井 |
これ、わけがわからないんだけれども、
「ここの譜割りが、ちゃんとできないかもしれないけど、
とにかく、渡しちゃえ!」
って思えるんだよ。 |
鈴木 |
字数も、あんまり合わせなくってもいいんだ。 |
糸井 |
曲先(きょくせん:曲があって、そこに詞をつけること)は
2曲くらいしかないんです。
『ただいま。』って曲と、『春咲小紅』っていう曲。
でも、曲先だって気づかれてないんですよね。
そこがこのチームのすごさなんだけど。
曲先も詞先も、同じなんですよ。出来上がりは。 |
鈴木 |
すごい(笑)。 |
糸井 |
でね、詞を先に書く時は、
「できた」
ってファクス入れるでしょう。そうするとね、
もう、瞬時に、曲ができているんだよ……。 |
鈴木 |
ええええええ???(笑)
魔法のような。 |
糸井 |
魔法なんだよ。すぐにできちゃうんだ。
どんべえちゃん(矢野さんのマネジャーの永田さん)が、
「いいのができました」
って言ってくるんだよ。
「昨日スタジオでレコーディングしました」
とかって報告が、すぐに来る。
「もうひとつ、ないかなあ?」
とか言われたり。
そのスピードが、とくにすごくなったのは
NYに行ってからで、スタジオ・ミュージシャンの人たち、
それこそパット・メセニー級の人が
どどっと集まるわけでしょう。
するとね、もう、ああいう人ばっかりの集まりだから、
レコーディングなんてあっという間らしいんだよ。 |
鈴木 |
そうだね。30分で1曲くらい、
すぐに録れちゃうんじゃないかな。 |
糸井 |
それなのに、まだ、
「ここをこうしてみようか」
なんてやってるとなると、完成度はどんどん
上がっていくよね。
俺はその時どんべえちゃんに、
「これは注意したほうがいいよ」
って言ったんだけど、超先端同士の人が、プレイする
楽しみの方に淫してしまう可能性がある。
「これすっごく気持ちいいね」
っていうほうに行くと、お客さんが置いてかれるから、
「俺はそのところの危機感はちょっと感じてるんだ」
って言った覚えはあるんだけど。
でも、あっこちゃんは、ちゃんと戻ってきている。
自分ではわかってるんだなあ、って思った。
……とまあ、こういうつきあいなんですよ、仕事では。
あとはね、何がウマイだのという雑談ばっかりなんだ。
普通、ミュージシャンって舞台前に会うときは
「悪いかな?」っていうのがあるんだけど、
あっこちゃんの時って、実は、ないんだ。 |
鈴木 |
俺はね、若いときに会っといてよかったな、
って思うよ。
「クン」なり、呼び捨てなりってことでさ。
「さん」の時代に会ってたら、こっちはちょっと脅えます。 |
糸井 |
つまり、慶一君がギターで共演するってことは、
慶一くんはパット・メセニーだってことだよねえ。
平行に並べれば(笑)。 |
鈴木 |
早い話がね(笑)。
でもそういう視線を感じると、
こっちを上げなくちゃいけないから……。 |
糸井 |
たいへんなことになるよね(笑)。 |
鈴木 |
上げるったって限度があるからね。
パット・メセニーまでは絶対に行かないわけだから。
しかし、俺といえど、そういう環境で
リハをしているわけだよ(笑)。
不思議なもんでね、そういう状況になると、
こっちもどんどん冴えてくるんだ。
1回やったことを2度と間違っちゃいけないなって
思うわけじゃない。ダラダラやっていると間違える。
で、あっこちゃんのところに、こっちをなんとか
上げていこうとしてるんで、そのぶん、疲れはあるけど、
すがすがしい感じだよ。 |